PTAのあゆみ

  • 令和4(2022)          ベルマーク残高で学校に音響機器を寄贈。運営委員会(書面開催)を3回に削減。運営委員会だよりと総会議案書をペーパーレス化する。
  • 令和3(2021)          組織改編。担当・係を廃止し、各種専門委員会を設置。地区委員・クラス担当委員・文化行事・校庭開放活動・ベルマーク活動を廃止。執行部内にICT担当を置き、kintoneを導入。運営委員会は書面開催とする。
  • 令和2(2020)   コロナ禍により、校庭開放・サマーキャンプ・地区委員の活動を休止。スクールゾーン当番用に反射材タスキを配布。『ZOOM』による運営委員会を実施。
  • 令和元(2019)   コロナ禍の長期休校により、総会を延期。書面総会として実施。
  • 平成25(2013) 創立60周年に際しPTAより横断幕の寄贈と式典参加。実行委員会を立ち上げ祝賀会を行った。
  • 平成22(2010) 国立市体育指導委員を招き、「三小秋の親子体力測定の集い」を開催
  • 平成21(2009) ベルマークで学校に音響機器を寄贈した。
  • 平成19(2007) 役員会と運営委員会それぞれでメールグループを作り、連絡事項の一斉送信や相互のコニュニケーションに役立てる。
  • 平成18(2006) 要望書を復活させ提出。櫻茶会を有志で企画協力。日本の伝統・文化理解教育研究推進校研究発表会に協力。PTA会費の納入を銀行振込に移行。
  • 平成17(2005) 総会で「給食を考える会」への不参加を決定。臨時総会で「国立市公立小・中学校PTA連絡協議会(P連)」への休会、脱会を決定、「放課後校庭見守り」を開始。PTA会費の手続きを来期から振込みとした。アフタースクールが「ほうかごキッズ!」に名称変更した。地区の見直しを行い、11地区⇒12地区に変更した。
  • 平成16(2004) 「放課後遊び場対策事業(アフタースクール)」開始。臨時総会で、PTA活動改善案が可決され、それに伴い規約が一部改正された。
  • 平成15(2003) 「ピーポくんの家」取り組み開始。創立50周年に際し、PTAより式典の参加。実行委員会を立ち上げ、学校と協力し、PTA行事「50周年記念コンサート」を行った。
  • 平成14(2002) 学校警備に協力し、各家庭一枚ずつ保護者用名札を作成・配布。「お助けたい」制度開始。役員選挙に関わる内規を一部改正。
  • 平成13(2001) 大阪の事件を契機に、学校警備に協力し保護者の学校出入りに際しての名札を購入・作成する。
  • 平成12(2000) 変質者対策として「防犯カード」を作成・全会員に配布し、警察講話を実施。PTA腕章55本を作成した。秋の全国交通安全運動にあたり、立川警察署より感謝状を贈られた。
  • 平成11(1999) スクールゾーンのウマの老朽化に伴い、ペンキ塗り替えを行った。ベルマークで学校に竹馬30台とボールカゴを寄贈した。地区の見直しを再度行い、12地区⇒11地区に変更した。
  • 平成10(1998) 地区の見直しを行い、19地区⇒12地区に変更した。
  • 平成 8(1996) スクールゾーン旗振り当番を止め、児童の安全指導とウマ出し当番になった。
  • 平成 7(1995) 子どもの教育を考える会が廃止された。
  • 平成 6(1994) 規約が改正された。ベルマーク委員会が廃止されて、ベルマークは学級代表委員会の担当になった。
  • 平成 5(1993) 創立40周年に際し、ベルマークで学校に一輪車6台とテントを寄贈した。心障学級指導補助員の配置基準について要望・陳情し基準が改正された。防災頭巾の所持は保護者の判断に任されることになった。
  • 平成元年(1989) 警視庁より「交通安全優良小学校PTA」として表彰された。
  • 昭和63(1988) 「父母」を「保護者」に改めた。
  • 昭和62(1987) 会費が年額1,500円になった。
  • 昭和60(1985) PTA室の図書が古くて利用されていないので処分された。
  • 昭和59(1984) 規約が改正された。
  • 昭和58(1983) 臨時総会で教養委員会⇒PTAサークルとなり、高校問題学習委員会⇒子どもの教育を考える会として再出発した。
  • 昭和57(1982) 旗振り当番の管理が運営委員会になり、学年単位になった、PTA保険に加入。
  • 昭和55(1980) 全児童が防災頭巾を持つことになった。
  • 昭和52(1977) 規約が改正された。学級学年委員会⇒学級代表委員会となった。
  • 昭和51(1976) 高校入試の問題点と都立高校不足が大きな話題となり、高校問題学習委員会が新設された。旗振り当番が地区単位で全会員対象となった。
  • 昭和50(1975) 会費は年額1,000円(100円×10ヶ月)になった。国立三小北交差点で地区委員が旗振り当番を開始した。
  • 昭和49(1974) 年度末に鉄筋4階建ての防音校舎が完成。昭和47(1972)年よりPTAに建設委員会を設けて市と折衝し、3期に分けて工事が行われた。
  • 昭和47(1972) スクールゾーンが実施された。
  • 昭和44(1969) 規約が改正された。事務簡素化のため、会費が年額800(100円×8ヶ月)になった。ベルマーク委員会ができ、ベルマークを専門に担当した。
  • 昭和43(1968) 給食委員会が新設された。国立のPTAが町当局に6年間要望し続けた学校完全給食が開始された。(国立三小では9月9日)
  • 昭和42(1967) 市制施行により、校名が国立市立国立第三小学校となる。会費が年額840円(70円×12ヶ月)になった。PTA新聞の名称が「ひろば」となる。
  • 昭和41(1966) 規約が改正され、事務局から広報部門が独立、広報委員会となる(PTA新聞発行)
  • 昭和40(1965) 学級学年委員会の担当で、「ベルマーク」の収集が行われた。
  • 昭和39(1964) 創立10周年記念祝賀会が行われ、学校に観察池を寄贈した。
  • 昭和35(1960) 規約が改正された。新校舎の上棟式が行われた。昭和30(1955)年よりPTAが一丸となって校舎の改築・増築に取り組み、全職員と児童も整地作業に協力した。学年委員会⇒学級学年委員会となり、校外指導委員会⇒地区委員会となった。
  • 昭和34(1959) 創立5周年記念祝賀会と植樹が行われた。
  • 昭和32(1957) 規約が改正された。施設委員会は廃止され、児童保健委員会⇒学年委員会へ、図書委員会⇒父母については教養委員会、児童については学年委員会へ、編集委員会⇒事務局(書記と学年委員会から6名)の仕事に変更された。
  • 昭和30(1955) 廃品回収などを行った利益で、運動会の綱引きの綱や万国旗などを購入し、学校に寄贈した。
  • 昭和29(1954) 国立二小東分校が独立し、東京都北多摩郡国立町立国立第三小学校として開校。4月15日に開校式が行われた。国立三小PTAも創立し、規約が作られた。委員会は、学年委員会・施設委員会・児童保健委員会・教養委員会・校外指導委員会・編集委員会(年数回、PTA新聞を発行、運営委員会の報告をする)とする。会費は年額720円(一家族50円×12ヶ月とPTA図書充実月額10円)